- 多言語のアイデンティティ設計は翻訳ではありません。字面の重さと組版の挙動が異なります。
- 和文は正方形の字面、欧文は文字ごとに幅が変わります。揃えるには目視での調整が必要です。
- 名刺では片面ずつ言語を分けるほうが確実です。
- どちらの言語を主とするかを決めてください。両方を対等に扱うと、どちらも主に見えなくなります。
和文と欧文を同じアイデンティティに載せるのは、言語の問題である前に設計の問題です。翻訳作業として扱うと、片方の文字が必ず後付けに見えるレイアウトになります。
二つの文字体系で実際に何が違い、それをどう解決するかを説明します。
なぜ翻訳では済まないのか
紙面での挙動が違うためです。和文の漢字とかなは正方形の字面に収まり、字幅が一定で、画数が多いぶん密度が高くなります。欧文は文字ごとに幅が異なり、ベースライン上に並び、アセンダーとディセンダーを持ちます。
同じ級数で組むと、和文のほうが重く暗く見えます。視覚的に釣り合わせるには両者を同じサイズにしないことがほとんどで、翻訳ベースの作業が最初に間違えるのがこの点です。
技術的な違いはどこにあるか
四点が多言語レイアウトの判断を左右します。字幅、垂直方向の基準、行長、そして約物の幅です。
- 字幅:和文は等幅、欧文はプロポーショナル。数値上の中央に揃えると、多言語の組み合わせは中心がずれて見えます。
- 垂直方向:和文は字面枠を満たし、欧文はベースライン上で上下に余白を持ちます。外接枠で揃えると視覚的なずれが出ます。
- 行長:同じ内容でも和文のほうが大幅に短くなります。4 文字の社名が欧文では 6 語や 7 語になることもあります。
- 約物:和文の約物は全角で独自の空きを持ちます。全角と半角を一行に混ぜるとリズムが崩れます。
レイアウトを最も作り変えるのは行長の差です。名刺では、和文表記が欧文表記の 3 分の 1 程度の幅に収まることがあり、片方で釣り合ったレイアウトはもう片方で崩れます。
多言語のロゴタイプはどう作るか
主となる文字体系を先に設計し、もう一方を寸法ではなく視覚で合わせます。その関係を固定した一組として扱い、単一の資産として仕様化します。
視覚で合わせるとは、両者が同じ存在感で読めるまでサイズ、ウェイト、字間を調整し、その結果を測って記録することです。記録される数値はきりの良い値にはなりません。それで正しいのです。
その関係は二つの要素ではなく、ひとつの資産として扱います。このルールが無いと、作る人が変わるたびに組み合わせが少しずつずれていきます。こうしたルールこそ、書面のブランドガイドラインに記載すべき内容です。詳しくはブランドデザインガイドをご覧ください。
多言語の名刺はどう組むか
片面ずつ言語を分けます。両言語がそれぞれ完全なレイアウトを持てるため、手渡す際に相手に応じた面を向けられます。
片面を二言語で分割すると、両方が小さくなり、小さいほうは快適に読める大きさを下回ります。90×54mm という面積に、二つの完全な情報階層を収める余地はありません。
やむを得ず片面に収める場合は、一方を主として通常のサイズで置き、もう一方を明確に従属する層として小さく、対比を落として扱います。対等に扱おうとすると、良い階層がひとつではなく、中途半端な階層が二つできます。
寸法の地域差については名刺サイズの国際比較をご覧ください。
どちらの言語を主とすべきか
意図して決め、一貫して適用します。主となる言語は、その媒体が向かう相手が使う言語です。したがって同じアイデンティティの中でも、媒体によって変わり得ます。
日本国内で使う名刺は和文が主になります。同じ会社の輸出向けカタログは欧文が主になります。これは不統一ではありません。「主となる言語は読み手に従い、視覚システムは変わらない」というルールが明示されていれば成立します。
問題になるのは、決めないまま進めた場合です。制作担当者の好みで媒体ごとに変わり、誰が作ったかによってアイデンティティの見え方が変わってしまいます。
書体の組み合わせはどう選ぶか
和文書体と欧文書体は別のファイルであり、意図して組み合わせる必要があります。合わせるべきはウェイトの名称ではなく、線の抑揚、終端の処理、そして見た目の太さです。
Regular と名のついた欧文書体と、レギュラーと名のついた和文書体を組んでも、釣り合うとは限りません。ウェイトの命名規則が互いに独立しているためです。実際に使うサイズで、目で判断してください。
実務上の制約が二つあります。和文書体は数千字を含むためファイルが大きく、ウェブではサブセット化が必要になります。また和文書体のライセンス形態は欧文と構造が異なることが多く、発注側名義でライセンスを保有する必要がある場面で影響します。ライセンスについては納品データと権利をご覧ください。
よくあるご質問
社名の欧文表記は翻訳と音訳のどちらが良いですか
和文の社名が持つ意味が重要かどうかによります。音訳は響きと和文名とのつながりを保ち、翻訳は意味を保ちますが不自然な響きになることがあります。法人名は音訳とし、意味を表す説明語を併記する形をとる企業も多くあります。これは設計ではなく位置づけの判断であり、ロゴタイプを作る前に決めるべき事項です。
言語ごとに別のガイドラインが必要ですか
不要です。両方を含む一冊のほうが適しています。二つの文字体系の関係そのものが記録すべきルールだからです。別々の文書にすると、時間とともに内容がずれていきます。
繁体字と簡体字で設計は変わりますか
変わることがあります。繁体字は画数が多く密度が高いため、小さいサイズでの可読性を保つにはやや大きめのサイズと字間が必要です。両方が必要な場合は、ロゴタイプと最小文字サイズをそれぞれで確認してください。片方の設定がそのまま使えるとは限りません。
印刷ではなくウェブの場合はどうなりますか
視覚上の問題は同じで、加えてフォントの読み込みが課題になります。和文ウェブフォントは容量が大きいため、使用文字へのサブセット化がほぼ必須です。行間も言語ごとに別の値が必要です。同じサイズでも和文は欧文より広い行間を要します。
執筆者について
台湾・台中の好心地文創が作成しました。弊社は繁体字中国語と英語で日常的に業務を行っており、ここで説明した視覚的な調整の手法は、二つの文字体系にまたがるロゴの組み合わせを破綻させないために用いているものです。